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2024年05月01日

71回日本生態学会シンポジウム「UAVによって拡がる生態学」開催報告

竹重 龍一(国環研/JSPS特別研究員)

 

 2024年3月15日から21日にかけて、第71回日本生態学会がオンラインと対面のハイブリット形式にて開催された。コロナ禍明け4年ぶりの対面での開催ということで、対面会場の横浜国立大はいつも以上に熱気に満ちていたように感じた。その最終日の最終公演に当たる3月21日の午前9時から12時にかけて、シンポジウム「UAVによって拡がる生態学」は開催された。企画者は小野田雄介・小林秀樹・中路達郎(敬称略)で、デジバイプロジェクトの中でUAVを用いた研究を展開している研究者であり、聴衆の中にも多くのデジバイ関係者の姿が認められた。約170人(対面, 60人強;オンライン, 100人強)の聴衆を集め、大盛況の下終了したシンポジウムの様子について、本稿にて議事録的に報告する。

会場の様子。学会最終講演にも関わらず立見がでるほど多くの聴衆が集まった

 

 小野田氏からのシンポジウムの趣旨説明に続き、各講演者から話題が提供された。近年のUAVを利用した研究領域の爆発的な拡大を反映するかのように、陸域から水域、動物から植物と多様な対象を観測して研究を行った事例が紹介された。講演リストと概要は以下の通りである。

  1. リモートセンシングによる尾瀬ヶ原湿原のシカの個体数推定手法の開発 
     沖一雄(京都先端科学大学, 東京大学)ら
    尾瀬国立公園の木道沿いからライトセンサスで行っているシカ密度調査について、赤外線カメラを搭載したドローンを使用して代替できないか検討した研究。湿原という比較的開けた場所の特性を活かし、ドローンを用いて全数調査に近い形の調査を広域で行う手法を開発した。その結果、ライトセンサスで推定される個体数の3倍もの個体が棲息していることが明らかになった。
  2. ドローンレーザーを用いた森林内空隙解析  加藤顕(千葉大学)ら
    これまで森林生態系では林内の物体(Biomass)に注目することが多かったが、物体が作り出す森林内空隙(Biovoid)についてもLiDAR技術を用いて定量することが可能になり、その生態学的な機能等を検討することが出来つつある。本発表では、加藤氏らが開発した林内ドローン及びアルゴリズムを用いることで、どのような森林内の物体・空隙の情報が取得可能になるのか、各種事例の紹介が行われた。
  3. 空撮ドローンとラジコンボートを用いた海況観測  木田新一郎(九州大学)ら
    河口の淡水と海水が混ざり合う帯状の領域は「河川フロント」と呼ばれ、栄養塩等を多く含む河川水が海水中に拡散している。河川フロント周辺での河川水の動きの実態はよくわかっていなかったが、河川フロント上に発生する渦の時間変化をドローンのタイムラプス画像で解析した木田氏らの研究により、その動態の観察・解析が可能になった。さらに、ラジコンボートとマルチスペクトルドローンを組み合わせることで、河川フロント周辺の栄養塩濃度の空間変異を観察することも可能になった。
  4. 二種類のブルーカーボンドローン開発:グリーンレーザードローンと渦相関ドローン 
     桑江朝比呂(港湾空港技術研究所)ら
    水域生態系における炭素動態にはまだまだ不明な点が多い。桑江氏らは水中でも減衰しにくい緑色光のレーザーを搭載したドローンを用い、沿岸域の藻場のバイオマスの評価技術を開発した。また、フラックスタワーと渦相関法を用いた炭素フラックス観測手法が陸域生態系では確立されているが、海洋ではタワーの建設が不可能なためフラックス観測が困難である。そこで、タワーレスでのフラックス観測を達成すべく、ドローンに観測機器を搭載したシステムの開発についてもその研究課程が紹介された。
  5. 山岳地域におけるドローンラジオテレメトリー法の開発:ニホンヒキガエルを事例として 
     倭千晶(京都大学)ら
    動物の行動を追跡する方法として、八木アンテナを用いた踏査によるラジオテレメトリー法が広く用いられてきたが、踏査の労力がかかりすぎることから調査範囲・対象個体数は限られる。特に日本の山岳は地形が複雑で、動物の行動追跡には相当の困難が伴う。そこで倭氏らはドローンに八木式アンテナを搭載して山岳地域に棲むニホンヒキガエルを広域で追跡し、高い精度でその個体位置を明らかにする方法を確立した。将来的にはより広域で多種を対象にした追跡調査を行う展望である。
  6. UAV-LiDARと長期観察林データを用いた広域AGBマッピング  中路達郎(北海道大学)ら
    近年、衛星を使用したバイオマス等の広域評価の精度検証に用いるためのリモートセンシングデータセットが国際的に求められている。広大な面積と多くの森林プロットで定期的に毎木調査がなされている日本の大学の演習林は、その要求に応じるポテンシャルがある。そこで、中路氏らは北大・苫小牧演習林の全域2700haでドローンの飛行を行って解像度10cmの樹冠高地図を作製し、多点の地上調査区での研究より導かれたアロメトリー式を用いて試験地全域の地上部バイオマスを高精度で推定する手法を開発した。
  7. ドローン観測データを利用した林内光環境のシミュレーションと可視化 
     小林秀樹(海洋研究開発機構)ら
    UAVや航空機によるリモートセンシング観測は、地域レベルの観測を行う衛星と現場レベルでの観測を行う地上調査とのスケールギャップを埋め、両者の橋渡しになりえる。小林氏らはLiDARを用いて観測された森林の三次元構造に対してモンテカルロシミュレーションを実施し、林内の光環境をシュミレーションする手法・パッケージを開発した。この手法は様々な森林タイプのLiDARデータに適用可能で、生態系の環境応答を情報空間上で再現・予測する上で強力なツールになりえる。
  8. LiDARドローンを用いた樹冠計測によって広がる森林生態学  小野田雄介(京都大学)ら
    従来の森林動態の研究は幹直径を中心とした毎木調査がベースになってきたが、UAV-LiDARを用いることで樹冠・樹高情報を広域・簡便に取得することが可能になったことで、森林動態を上空からの観測で詳細に評価する土台は整いつつある。小野田氏らの研究では、日本全国の固定試験地においてUAV-LiDARを用いた樹木調査手法を確立して百種以上の樹木個体の樹冠形質データの取得し、それらと樹木動態との関係性を解析した。その結果、樹冠形質が樹木動態へ及ぼす影響は樹種や機能群毎に大きく異なり、UAVを用いることで従来の地上調査区ベースでの研究とは異なる視点から森林生態学の研究を展開できることを示唆した。

 各講演が終了後、総合討論が行われた。総合討論の冒頭では、会場に駆け付けた伊藤代表から本シンポジウムがデジバイプロジェクトとのどの部分を深化するのに役立ちうるのか、簡単なコメントをいただいた。その後の討論の中で特に印象的だったのは、京都大学の北島薫氏の質問で、「技術の進歩が速すぎて非専門家が研究にリモセン技術をとり入れるのに障壁があり、指導教員がリモセンの指導をできない、あるいはリモセンをよく理解しないばかりに学生に陳腐な研究テーマを与えてしまう恐れがあるが、どのようにそれらを回避できるか」というものだ。その質問に対しては、中路氏らが演習林施設などを使用したハンズオントレーニングの実施の重要性を述べ、リモセンの専門家と非専門家の間で緊密な連携を取ることで研究の新規性を担保し、分野として発展していくことが重要であると回答していた。


会場に駆け付けた伊藤代表


質疑応答に応じる中路氏

 今回のシンポジウムの全体を通して自分が感じたことは、技術者と生態学者との連携の重要性だ。生態学者はドローン観測のアイデアを持っていたとしても、それらを実施するにはロボット工学などの技術が必要となり、単独での実施はほぼ不可能な場合が多い。シンポジウム後に演者の加藤氏(千葉大)と話した際には、「生態学者が考え付く技術の多くは、工学部系の技術者にとっては多くの場合既に実現可能だ」とおっしゃっていた。今回の発表の中でもドローンの機体本体に改造を施し、従来実施が難しかった観測に果敢に挑戦して成果を挙げている研究が多く見て取れた。多くの生態学者にとってそのような技術者の方と議論する機会は少ないと思われる。学会等を通してそのような技術者の方たちと出会い、研究を発展させる機会を作っていくことはとても重要だなと改めて感じた。