研究レポート

【研究紹介】
BVOC放出を介した動的な植物-葉圏微生物相互作用の解明

  • B分野
  • B03班
2023年09月29日
甲山 哲生   東京大学/助教(生態遺伝学)

 植物が葉などからさまざまな香り物質(生物起源揮発性有機化合物、BVOC)を放出しています。他方、植物の葉の表面には多様な微生物(葉圏微生物)が生息しています。植物は病原菌などの環境ストレスへの応答としてBVOCを放出していることがわかっています。一方で、葉圏微生物の一部は植物が放出するBVOCを炭素源として利用したり、改変したりすることで、植物と相互作用しています。しかし、植物の放出するBVOCと葉圏微生物がどのように多様化してきたのかについてはまだよくわかっていません。これらの相互作用を明らかにすることは、陸域生物圏から大気へのBVOC放出を介した気候変動への影響を評価・予測する上で重要です。本研究では、化学分析とメタゲノム解析、共通圃場実験、環境操作実験を組み合わせて、進化生態学的な観点からBVOC放出を介した植物-葉圏微生物相互作用を解明することを目指しています。

 これまでに、日本各地の天然スギ集団に由来し、共通圃場実験区で栽培されているスギ個体(図1)を用いて、葉から放出されるBVOCの測定および葉圏微生物のメタゲノム解析のための手法の検討を行いました。BVOCの測定では、これまで用いられてきた枝チャンバー法を改良し、枝を囲うテフロンバックの取り付け方法を工夫することで測定にかかる時間を短縮し、ガスのサンプリングの際に用いる空気を、圧縮空気ボンベの代わりに外気を用いることで、より自然に近い条件下でBVOCを測定する手法を開発しました。この新手法を用いて、筑波実験林および東北大川渡フィールドセンターの圃場で栽培されている3集団(屋久島、安蔵寺、鰺ヶ沢)由来の同一クローン個体についてBVOCを測定した結果、先行研究(Hiura et al. 2021)と同様にBVOCの放出量と組成には集団間で差が認められました(図2)。一方で、同一集団内の個体間でも大きな差があることが分かりました。また、葉圏微生物の解析では、筑波実験林の3集団由来のスギの葉表層から抽出した微生物DNAを用いて、16S rRNA領域のPCR増幅を行い、次世代シークエンサーにより塩基配列を決定しました。その結果、スギ葉圏ではメチロバクテリウム属やスフィンゴモナス属の細菌が優占していることが明らかとなりました(図3)。また、共通圃場の栽培個体であるにもかかわらず、異なる地域集団に由来する個体間では葉圏微生物の群集組成が異なることが示唆されました。集団に由来する個体間では葉圏微生物の群集組成が異なることが示唆されました。今後は葉圏微生物群集の解析対象を筑波および川渡の共通圃場で栽培されている各14集団に広げる予定で現在実験を進めており、また、BVOCと葉圏微生物群集の季節変化のモニタリングのための定期的なサンプリングを継続しています。

 

図1 東北大学川渡フィールドセンターのスギ共通圃場実験区(2023年6月)

 

図2 筑波および川渡の共通圃場における産地ごとのBVOCsの基礎放出速度
(左:筑波2022年夏,右:川渡2023年夏)

 

図3 2022年秋に筑波圃場で採集したスギの葉圏微生物群集組成

 

キーワード: 
生物起源揮発性有機化合物、スギ、葉圏微生物、植物-微生物相互作用、メタゲノム解析、環境操作実験

引用文献:
Hiura T, Yoshioka H, Matsunaga SN, Saito T, Kohyama TI, Kusumoto N, Uchiyama K, Suyama Y, Tsumura Y (2021) Diversification of terpenoid emissions proposes a geographic structure based on climate and pathogen composition in Japanese cedar. Scientific Reports 11, 8307.