研究レポート

【研究紹介】
都市進化の原因遺伝子における頻度の空間構造とその形成要因を包括的に解明

  • A分野
  • A04班
2023年10月16日
内海 俊介  北海道大学/教授(進化群集生態学)

 都市化は大きく環境を改変し、生物多様性に対する脅威となっているが、近年、都市環境の変化が多くの生物の進化にも影響を与えることが示されている(Santangelo, Utsumi et al. 2022)。しかし、これまでは、都市vs郊外という二項対立的な比較研究が多く、都市~郊外の勾配に沿ってさまざまな環境変数が非線形的・不連続に変化する中で、都市のどの環境要素が進化の過程や帰結にどのような影響を与えるかについて具体的なことはまだほとんど明らかになっていない。

 われわれは、都市部から郊外部にかけて広く繁茂するシロツメクサ(Trifolium repens)の都市進化に注目した。この種は、被食防衛に寄与するシアン化水素(HCN)産生能をもち、その産生能の有無を決める構成要素(シアン配糖体と加水分解酵素)に遺伝的変異があり、都市化によってHCN産生能を喪失する進化をする(Santangelo, Utsumi et al. 2022)。今回、シアン配糖体と加水分解酵素の生成についての原因遺伝子の頻度と、HCN産生能の頻度について、都市から郊外一円にかけて広域での空間構造を徹底的に調べあげた。さらに、景観アプローチにより、この空間構造の決定に重要な役割を果たすと考えられる景観要素を推定した。

 その結果、シアン配糖体の原因遺伝子の頻度について、都市から郊外にかけて明らかな勾配がみられ、都市中心ほどその頻度がゼロに近くなった。そして、その頻度の空間分布に強く影響する景観要素は、周囲のアスファルトや建造物の割合であった。その一方で、HCN産生能については、より複雑な空間構造を有していた。局所的な被食圧、開空度、そして、周囲のアスファルトや建造物の割合の3つが重要であることがわかり、結果として都市から郊外の間でモザイク状の進化的空間分布をもつことが分かった。シアン配糖体の原因遺伝子と、それを材料にするHCN産生能についての空間構造の不一致は、シアン配糖体が持つ多機能性(HCNの材料、乾燥ストレス耐性)と都市景観の不均一性によるものだと考えられる(Ishiguro, Johnson, Utsumi, in press)。

(2023年10月19日 論文掲載)

 

キーワード: シアン配糖体,被食防衛,シロツメクサ,都市化,景観,適応進化

引用文献:
Santangelo, Utsumi, et al. (2022) Global urban environmental change drives adaptation in white clover. Science 375: 1275-1281.
Ishiguro, Johnson, Utsumi (in press) Urban spatial heterogeneity shapes the evolution of an antiherbivore defense trait and its genes in white clover. Oikos. DOI: 10.1111/oik.10210