研究レポート

【研究紹介】
海色リモートセンシングによる沿岸域のための固有光学特性推定法の開発

2024年01月04日
比嘉 紘士  横浜国立大学/准教授(沿岸環境学)

 海洋生態系の広域的な測定には,人工衛星による海洋観測技術が有効であり,従来から海洋の炭素循環の解明に貢献してきた.沿岸域では,非常に高い生物生産性を有し,その生物圏機能と環境応答の把握が重要だが,(1) 衛星データの解像度不足,(2) 水質推定アルゴリズムの開発が途上,であり,これまで沿岸域の生物圏機能や炭素循環への寄与は適切に評価されてこなかった.
 本研究で対象とする固有光学特性(Inherent Optical Properties: IOPs)は,水中物質の光吸収や光散乱を表し,気候変動や物質循環に関わる海洋のパラメータ(例えば,植物プランクトンの種の判別,基礎生産量等)推定の入力変数として使用され,IOPs推定の高精度化は各種海洋パラメーター推定の高精度化に直結する.
 そこで本研究の目的は,光環境が複雑な沿岸域を対象に,各種IOPs (植物プランクトン,有色溶存有機物 + 非生物粒子の光吸収係数,粒子の後方散乱係数) を,汎用的に高精度に推定する新しいIOPs推定アルゴリズムを開発する.また,最新のハイパースペクトルセンサーや従来の海色センサーによる人工衛星データを用いて,開発したIOPs推定アルゴリズムを適用し精度検証を行い,各種IOPsの時空間分布を明らかにすることを目的としている.
 本研究におけるIOPs推定アルゴリズムの検証・開発において,全球を網羅するValente et al., (2019)によるデータセット及び日本沿岸光学データセットを使用する.我々研究チームが収集している日本沿岸光学データセットは,海外の大規模なValente et al., (2016)データセットと比較して,光の吸収や散乱が極端な様々な水域を幅広く網羅しているだけでなく,水質濃度とIOPsのダイナミックレンジも幅広い(図-1).そのため本研究では,全球および沿岸域の光学データセットを使用し,IOPs推定アルゴリズムの検証と汎用性が高いアルゴリズムの開発を進めている.
 結果の一例として,Valente et al., (2019)によるデータセット及び日本沿岸光学データセットを使用した各種IOPs推定アルゴリズム(GSM,GIOP,LMI,PML,QAA)の検証結果を図-2に示す.その結果,IOPsのスペクトル形状を経験的に推定するQAAは,東京湾,有明海,伊勢・三河湾等の閉鎖性水域における海中物質の大きなダイナミックレンジを捉えられることが分かった.
 さらに本研究では,対象のデータセットを用いて階層クラスタリングに基づく水塊分類を実施し,複数のIOPs推定アルゴリズムの検証と課題を整理し,これらの知見に基づく沿岸域のIOPs推定アルゴリズムの開発と検証を行なっている.また,IOPsスペクトル形状を可変とする非線形最小二乗法(Levenberg-Marquardt法)に基づいたスペクトル最適化による新たなIOPs推定アルゴリズムも開発中である.現在,図-3に示す東京湾に対する一例のように,様々な沿岸域を対象として,GCOM-C/SGLIの衛星データへのIOPs推定アルゴリズムの適用を進めており,今後は,IOPs実測値を用いてその推定精度の検証を進める予定である.

図-1  IOPs推定アルゴリズムの検証・開発に使用するValente et al., (2019)によるデータセット及び日本沿岸光学データセットの概要

図-2  a(443): 全光吸収係数,bbp(565): 粒子の後方散乱係数,adg(443): CDOMと非生物粒子の光吸収係数,aph(443): 植物プランクトンの光吸収係数の推定結果の検証

図-3  東京湾を捉えたGCOM-C/SGLI衛星データへのQAA適用結果.
a(443): 全光吸収係数,bbp(565): 粒子の後方散乱係数,adg(443): CDOMと非生物粒子の光吸収係数,aph(443): 植物プランクトンの光吸収係数の空間分布を示している.

 

キーワード: 固有光学特性,人工衛星,IOPs,沿岸域,高濁度水域